Rabbit of the Moon
「ちょ・・・先輩!なんでそんなもの持ってるんですか!」
楽しそうにあるモノを持っている柚月を見て、岬は慌てふためいた。
二つの細長い物体がついたカチューシャ・・・どう見ても『ウサ耳』にしか見えない。
男が恋人の前でちらつかせているということは、意図はどう考えてもアレだろう。
「なんで?そりゃ、お前がつければ似合うからに決まってるだろう」
想像通りの答えだ。しかも、つけるのは岬だそうだ。
(ま、つけるだけならともかく・・・)
ウサ耳だけなら、つけてしまえばよい。だが、問題はそのあとなのだ。多分柚月はあの手この手で攻めてくるだろう。
そして、ウサ耳で済めばいいが、そのあとにはどんな地獄が待っているのやら。女装方面に進まなければいいが。
(それで柚月先輩が喜んでくれるのは・・・ま、いいんだけどね・・・)
そう思うのは、それだけ柚月のことを愛しているのか、それとも自分がドMだからか・・・だんだんおぞましい気持ちになり、慌てて頭から振り払う。
自分は決してドMではない、Mなのは、むしろ・・・いつもやられたばかりでいるのも癪だ。たまには仕返しも許されるはず。
「俺としては、先輩がつけたほうが似合うと思うんですけどね」
『な!!』岬の反撃に、たじろぐ柚月。まさか岬がそう出るとは思わなかったんだろう。
「お、俺は別に似合わないぞ・・・?」
冷や汗をかいているのがよくわかる。たしかに、柚月はそういうオプションをつけるには、方向性が違うかもしれない。
ウケ狙いでつけるならまだしも、可愛さ狙いは・・・いや・・・。
「俺は、先輩につけてほしいんだけどな・・・」
普段は岬が恥ずかしい思いをしているのだ。たまには柚月がそういう思いをしても、罰は当たらないだろう。
それで、不似合いな柚月を笑ってやるのだ。
「うぐ・・・」
「俺、先輩の・・・見たい・・・」
小首をかしげてお願いモードに入る。結果は言うまでもない。岬にベタ惚れな柚月が、お願いを断れるはずがないのだ。
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「・・・・・・・」
それでも難色を見せた柚月をどうにか説き伏せた。
ただ耳をつけるのもどうかと思ったので、オプションも用意してみた(おそらく柚月が首を縦に振らなかったのも、これが理由だろうが)。
それで、恥ずかしがりながらも柚月はしぶしぶと着替えに行き(目の前で着替えないところが彼の心情を表していると言える)、そして今戻ってきたのだが・・・。
「・・・・・・・笑うなら笑え」
沈黙に耐えかねた柚月が、消え入りそうな声で呟いた。
もちろん、岬も思いっきり笑ってやろうかと思った。だからこそ、無理言ってつけさせた。それで終わるはずだった。
だけど、困ったことにそんなことをできる状況でもなかった。
(すごく・・・可愛い・・・)
世の中は理不尽なようで、格好いい人はナニをつけてもいいらしい。
本来ウサ耳などギャグの範疇に収まり、耳だけが浮いてしまうように見えるものだが、柚月がつけると、妙に可愛く見える。
しかも、知人から貰ったメイド服を着用させた(何故かサイズは柚月ぴったり)ところ、似合ってしまうのが理不尽だ。
スカートから出る生足がたまらないし、紅潮しながら中の下着が見えないように両手で隠すその姿が犯罪級だ。
(これは・・・柚月先輩じゃないとムリだな)
他の男のなんか見たくない・・・これは、どう考えても岬の欲目だが。
「み〜さ〜き〜」
子ウサギとは、こんな感じなのかのかもしれない。
普段はつけさせる立場の柚月なわけで、この格好は恥ずかしくてたまらないのだろう。真っ赤になって、ぷるぷる震えているのがよくわかる。
動かないはずの耳すらもピクピクしているような気がするのは、気のせいだろうか?
『うわー』思わず岬は鼻を押さえる。まだ鼻血は出てないが、油断大敵だ。なんというか・・・ツボだ。
「みさきちゃーん」
なんか柚月の声が甘いものとなっているのは、気のせいだろう。きっと柚月が色っぽいからだ。
そして、柚月の恥ずかしい姿が見られるのは、自分だけだ。
「先輩・・・かわい・・・え・・・」
もし、今自分が触れたら、彼はどんな顔をするだろう?うっとりとつぶやいたところで、顔色を変えた。
美形が凄むと迫力がある・・・世間で言われるそれをよもや今実感することになろうとは。
「俺にここまでさせて、分かってるんだろうな・・・」
『ええ?』返事をする暇も与えてくれずにその場に押し倒された。
「ちょっ!」
抵抗するにも力が入らない。ウサ耳メイド男に押し倒されるなんて、前代未聞の事態だ。
柚月のほうは臨界点を突破したのか、どうも目が据わっているようで・・・。
(ま、仕方ないか・・・)
苦笑しながらも愛しげに柚月の頬に触れた。たとえ彼の兄弟であってもそれを見ることはできない・・・そう思うと幸せでたまらない。
岬はコスプレの趣味はない。あくまでも、柚月が自分のためにやってくれるから嬉しいのだ。
「実は月のウサギは凶暴でした・・・と」
岬に抵抗する気はない。自分は思いっきり柚月を堪能させてもらった。今度は柚月が自分で楽しめばいい。
凶暴だろうと、柚月になら何をされてもいい。
「俺は優しいと思うけどなぁ・・・」
そんなことは、分かっている。何だかんだで、岬の我儘は聞いてくれる。岬が嫌だといったら、ちゃんとやめてくれる。
普段は横暴に見えても、本当はその何倍も自分のことを気遣っていることは、岬にもわかっている。
優しいことはいいことだけど、その点はちょっと複雑だ。どうせなら、一度本能のままに自分を襲ってほしい・・・そう思うのは、贅沢なのか。
(もっと・・・溺れてください・・・)
岬はもう柚月という存在に囚われているのだ。柚月ももっと自分に振りまわされてくれればいい。
外では見せない姿を、自分だけに見せてほしい。
(でも、そんなことは言ってやんないけどね)
さすがに、それを言うのは恥ずかしいので、自分だけの秘密にしておく。
「先輩・・・可愛いですよ」
だから、照れ隠しにつぶやいた。ウサ耳メイド姿のことだけじゃない。
岬に弄られ理性が飛んでしまったことも、自分だけに見せてくれる表情も仕草も、何もかも。
今度は自分でつけてみようか?そうしたら柚月はどんな反応をするだろうか?
「今、自分でつけてもいいと思っただろ」
どうやら心の内を読まれてしまったようだ。
柚月につけさせる前は乗り気ではなかったが、柚月が楽しめるのであれば、それはそれでいいかもしれない。
本来全くやる気はないくせに自分のために折れてくれた柚月と一緒で、岬もただ恋人が喜ぶ顔を見たいだけなのだ。
(俺って健気・・・)
そこまで尽くす男は、そうはいないだろう。くすりと微笑み、返事代わりに岬は柚月にキスを落とした。
おしまい
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